【特集】 フリーの経済圏でビジネスを生み出す
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先日出版された「フリー」という書籍があります。これはワイアード誌の編集長でありかのロングテールという言葉を作ったクリス・アンダーソン氏によるものです。今、オンライン上やIT系市場で起こっている無料戦略に注目し、そもそもなぜそのような無料戦略が成り立つのか、そこでどのようなビジネスが生まれているのかに注目しています。今回はそのフリーの序盤から幾つかのキーワードをピックアップし、考察してみたいと思います。今年、そして来年以降のビジネスを考える上で参考になるのではないでしょうか。
フリーの種類
一言でフリーといったも幾つかのパターンがあります。特にフリー(=Free)には「無料」と「自由」の二つの意味が混在していますので注意が必要です。この書籍では無料という方に注目しています。無料戦略を考えると以下のパターンが挙げられます。
- 直接的内部相互補助
- 三者間市場
- フリーミアム
- 非貨幣市場
直接的内部相互補助
単語は複雑ですが、これは昔から良く行われてきた手法で、無料サンプルを配布したり、2つ買うと値引きしたりするモデルが挙げられます。ABCマート等の靴屋や紳士服などで良く行われる、2足(または2着)買うと3足目は無料といった打ち出し方をしますが、これはおしなべてみると3割引きと変わりません。むしろ全品を3割引にするのに比べると3足売りさばけるメリットがあります。
その他、携帯電話の1円(または無料)配布も同じ種類です。この場合は携帯電話本体を安価で提供し、その販売コストを月額の利用料から得ようというモデルになります。よく携帯電話の契約をすると10,000円キャッシュバックといったキャンペーンが行われますが、あれは将来的に自分が支払うであろう金額から賄われているものになります。
三者間市場
これは提供者とその利用者の間、または全く別な立ち位置から市場に参加するモデルです。最も良く知られているのはメディアです。広告等ではメディアと消費者の市場にスポンサーとして広告主が参入します。その代わりメディアは消費者にコンテンツを安価または無料で提供できるようになります。消費者は何からのスポンサーからの広告を見ることでメディアの情報を安価または無料で得られるようになります。面白いのはそのスポンサーの支払うお金の源泉は広告した商品の原価に反映されるということです。そして消費者はその広告料の含まれた商品を購入します。結果的にメディアの作るコンテンツ制作費を消費者が支払っているという構造になるのです。その他クレジットカード会社でも同様のビジネスモデルが見られます。消費者は決済手数料を支払うことなく、加盟店とクレジットカード会社の間にて手数料が発生します。
フリーミアム
フリーミアムについては以前も書きましたが、無料ユーザと有料ユーザに分けて機能の差別化を謳うモデルになります。これは今日のWebアプリケーションでは一般的な手法になります。一般的にはビジネスユースのサービスで行われることが多いのですが、個人であってもFlickrの有料版やニコニコ動画のプレミアム、mixiの有料会員など月額数百円のレベルから行われているものになります。このモデルの基本は、有料ユーザが無料ユーザのサービスを支えているという事実です。またモデルの基本として95%のユーザは無料で、残りの5%が有料ということです。例としてニコニコ動画では総会員数が1,420万人、プレミアム会員が51万人となっています(2009年11月現在)。これは約3.5%にあたりますので今後コモディティ化が進めばさらに割合は増えるかも知れません。
フリーミアムのモデルが成り立つのは、Webサービスというのはデジタルであり、その運用コストが無料ユーザであっても有料ユーザであっても殆ど無視できるくらいに小額であるためになります。
非貨幣市場
最も有名なものとしてはオープンソース開発コミュニティがあります。これは全くの非貨幣市場であり、コミュニティに参加する各デベロッパーは技術力の誇示や評判のためになります。その他例としてWebサイトを開発して公開するというのは、Googleに対して無償で情報を与えていることと同義とあります。それは個人の好き嫌いに関わる問題ではありませんが、Craigslistのように自分のいらないものを広告として掲載し、誰かに持っていってもらおうというのも非貨幣市場に含まれます。その他一般的なCGMサイトもユーザがコンテンツを作り出さない限りサービスが発展しないため、非貨幣型の市場を形成するに至っています。
特殊なパターンとして不正コピーも挙げられています。これは特定の個人または企業によるフリーの強制になります。アナログの時代に比べてオリジナルと比べて全く遜色のないコピーが無料でできるようになっているためです。ユニークなのは、全くの経済的理由によって不正コピーが叛乱する場合(中国におけるWindowsの不正コピー等)もあれば、金銭を支払うことに対する障壁が不正コピーに走らせる場合もあるということです。
金銭を支払うことに対する障壁
これは金銭とユーザビリティ、コンテンツの品質、模倣コストによって成り立ちます。例えば個人が100円の価値しかないと思っているものが1,000円であった場合、そこに支払いたいと思う感情は働きません。悪だと知りつつも不正な利用をしてしまいます。これは品質と金銭のバランスが崩れているパターンです。次に模倣コストが低く、金銭が高い場合もあります。これは中国市場におけるWindowsの不正利用と同じです。これを解決したモデルとしてiTunesが知られています。iTunesでは音楽を99セントで販売しました。これにより不正なMP3ファイルをオンラインでわざわざ探す必要もなく、かつiTunesとiPodがシームレスに連携することでとても容易に音楽が聴けるようになりました。模倣コストは技術的な障壁(ハッキングツールの利用や様々な複雑な操作等)や時間的な障壁(オンラインで検索したり、変換に時間を要するなど)があり、そのコストに敵うだけの価値を提供することができればユーザは不正利用を行わなくなります。
そしてもう一つはユーザビリティです。これもiTunesに見て取ることができますが、それまでのMP3プレーヤがCDから吸い上げた後、特殊なソフトウェアを使って変換し、コピーできる回数に制限があったり、自由に聞くこともままならない手法だったのに対して圧倒的にシンプルで簡単な方法をiTunesでは使えるようになりました。これにより不正な手法を使うよりもAppleが提供する正規の方法を利用するユーザが増加しました。また決済の手順についてシンプルな方法を提供するのも重要です。折角支払おうと考えたユーザに対して、決済が面倒であるとみすみす逃すことになってしまいます。手軽に購入できる、ワンクリック決済のような仕組みを提供することによって金銭を支払うまでの障壁を大幅に下げられるようになるはずです。
なぜデジタルの世界ではフリーの経済圏が成り立つのか
リアルの世界において、フリーの経済圏というのはあまり多くありません。例えばフリーペーパーがありますが、これは三者間市場のモデルで説明できます。ただし今は流行が廃れつつあるようで、R25等も60万部程度で推移しており、その理由としてあまり印刷料を増やしすぎると輸送や印刷代で赤字になってしまうためといわれています。それに対してデジタルの世界ではCPU/HDD/ネットワークが年々進化しており、配信コストや保存するコストがほぼゼロになってきています。これが大きな要因の一つです。もう一つはビジネスモデルの組み立て方にあります。
新しいビジネスモデルを考える
例えばGoogleではGmailやGoogleマップというサービスを開発し、それによって既存のサービス事業者は大打撃を受けました。恐らくメールプロバイダは容量を増やすことでプレミアムサービスを提供していたでしょうし、地図業者も同様です。なぜGoogleがこうしたサービスを無料で提供できるかといえば、彼らのビジネスモデルが広告配信にあるからです。地図やメールデータを保存することに対してビジネスモデルを置いていないため、収益を考えないサービス提供ができる訳です。これは一見すると既存事業の破壊者に移ります。今、アメリカの新聞社はGoogleに対して嫌悪の目をしていますが、これも同様の事象になります。とは言え自分たちのビジネスモデルに侵入を受けたからといって、ただ文句を言ったり逆に障壁を立てるのは消費者にとってもいい結果にはなりません。重要なのは時代の変化を読み取り、それに合わせて自分たちのビジネスモデルも進化、または水平展開していくという努力です。そうした努力を怠ったから、今の結果にあると考える必要があります。とは言え地図業者がインターネット検索ビジネスに取り組み、Googleとは違って無料で広告を出せるようにするというのは既存ビジネスとのつながりが薄く、難しいとは思いますが…。
その点を踏まえると、フリーの経済圏が発展している現状においてビジネスモデルを構築するというのは非常に重要な要素といえます。それによって既存のライバルに負けない圧倒的な価値を生み出しつつ、さらにビジネス的に発展させるというのが重要です。GoogleはAdWordsという広告モデルにそれを見いだした訳ですが、今の発展を見る限りとても優れたモデルであったことが分かります。
書籍中で紹介されている方法として、お金の流れを逆にするモデルが紹介されています。例えば中国(イギリスでも)の一部の医師は担当する患者が健康であれば報酬がもらえるというモデルを構築しています。同様にデンマークのあるスポーツジムでは最低週一回来店すれば会費が無料になり、逆にこないと一ヶ月分の会費を支払わなければならないというモデルを構築しているそうです。日本のスポーツジムでは会員の平均継続登録月は半年と言われています。はじめの頃こそ熱心なのですが、途中で飽きてしまい半年もたった頃に二ヶ月間通っていなかったことを思い出して辞めるそうです。それに対してこのデンマークのモデルであれば通うことにモチベーションが保ち続けられるので会員数を維持することができ、さらに教室や関連商品の販売、アドバイザリーサービスなどで収益を上げることができそうです。このように一般的に収益をあげる方法を逆にしてみると新しいビジネスモデルが生まれる可能性が出てきます。
その他のフリー
オープンソースのLinuxに対してプレミアムを提供するRedhatが良く知られています。彼らはオープンソースを自社でもメンテナンスし、それを信頼できるパッケージとしてまとめて提供することにビジネスの主眼を置いています。オープンソースなのでRedhatの成果もまた公開されています。Redhatのロゴや商標はオープンソースではないので、それらを除いたCentOSが良く知られています。実際日本の会社でCentOSを使っているという企業は多いのではないでしょうか。ではRedhatはオープンソースによって駆逐されてしまうかと言うと、そんなことはありません。2009年6〜8月の利益は1億8,360万ドルで、これは前年四半期の12%増とのことです。これはCentOSよりもRedhatへの信頼、セキュリティ、サポートを購入する企業が多い証明になります。オープンソースというフリーの経済圏から収益を上げることは決して不可能なことではありません。
Youtubeを活用する企業も増えています。公式チャンネルを持っている日本企業としてはNHKや角川、各種メディアが知られています。まだテスト段階の部分はありますが、角川では自社のアニメを多数流すといった試みがなされています。これによって低品質な海賊版動画を流すモチベーションがなくなり、公式サイトが自社の動画を管理できるようになります。そうしたコンテンツを流すのと同時にDVD購入へのリンクをつけたり、別な番組を紹介するといったコンテンツの水平展開が狙えるようになります。
同様の歴史
書籍中で紹介されていた事柄で、ラジオ局と音楽著作権団体の争いがあげられています。これはかつてラジオ番組では生バンドによる演奏が基本であり、それに対する報酬が不特定多数の視聴だったため、正当であるかどうかが判断できなかったそうです。そのため著作権団体が反発し、音楽を演奏しないようになってしまいました。が、ラジオ局ではその頃発展してきた録音技術によって生ではない音楽を流すようになりました。これは裁判にもなったそうですが、結果としてレコードをラジオで流すのは合法という判断になったのですが、今度は著作権団体がレコーディングを止めてしまったそうです。本当に今見られているような各種業界の行動に似ています。それに対してラジオ局がとった行動というのは、新たな著作権団体を自分たちで作ってしまうというものでした。その当時は軽視されていたリズム&ブルースやカントリー&ウェスタンといった地方のミュージシャンを取り込み、彼らの音楽を無料で流しつつ、彼らはそれで世間の認知度をあげられるというモデルを構築したそうです。その結果として著作権団体は力を失ってしまい、ラジオ局に対する圧力ができる影響力がなくなってしまいました。今のメディア(新聞、出版、ラジオ、音楽、映画、テレビ)とインターネットのあり方に良く似ています。メジャーに対してロングテールに注目することでメジャーをも駆逐してしまいます。ちなみにその結果として音楽業界がどうなったかと言えば、さらにジャンルや露出する場を見いだしたことで、音楽ビジネスを巨大で儲かるビジネスになし得たとのことです。
無駄を作り出す
フリーが当たり前になると何が生まれるかと言うと「無駄」になります。例えば日本では水が潤沢にあるためにその無駄について議論されることは殆どありません。かの松下幸之助には以下のようなエピソードがあります。
松下電器を創業して十数年がたったある日、道ばたで1人の男が他人の家の水道栓をひねって、美味しそうに水をごくごく飲んでいる。
松下はそれを見て思った。
水だってタダではないはずだ。
それなのに、誰も水を飲む男をとがめようとはしない。
なぜなら、水の価格があまりにも安いからだ。
もし、この世のあらゆる物資が、水みたいに安くなったら、この世から貧はなくなるではないか。
産業人であるの己の使命は、水道の水のごとく物資をたくさんつくって、水のように安くして、富を増大させなければいけない。
松下幸之助の有名な「水道哲学」である。
松下幸之助人生をひらく言葉
http://www.johou.net/syoseki/matushitakonosuke.htm
無駄というと無価値なものに感じますが、人間というのは常に合理的ではなく意外と経済活動の中で無駄を排出しています。それは個人の興味であったり趣味、感情によって左右されるものであったりします。そのような無駄を生み出すことによって、新たな価値が生まれてくるというのがフリーの信条にあります。ただし、逆に価値のあるものに対してはプレミアムをつけ、収益をあげるのが重要です。かつてコンピュータが研究所だけにあった頃、それは神であるかのように扱われてきました。徐々にコンピュータが小型化、一般化する中であっても技術者はそれが特別なものであり、一般人の扱える代物ではないと考えてきました。その状況を劇的に変えたのはGUI(グラフィカルユーザインタフェース)の発明と言われています。コンピュータの操作というのはCUIでも事足ります。特にウィンドウやアイコンのような仕組みは必要ではありません。が、GUIという無駄なもの(CPUを余計に働かせ、HDD容量を食うもの)があることによって一般の人でも使いたいと思えるものになり、その結果としてWebブラウザが必要になり、インターネットが活用され、Googleが作り出されていきました。そういう無駄なものを生み出せるような環境(CPU/HDD/ネットワークの陳腐化)を作り出すことこそが技術者の使命なのです。
無料はトリガーである
新聞は1部100円程度です。ここには広告も掲載されており、実は無料でもいいのかも知れません。少なくとも100円である必要はなくて、50円でもいいのかも知れません。本書では「無料」と「1円以上」には大きな開きがあると述べています。例えば元々500円のものが100円であるのと、100円のものに1円の金額をつけた場合、100円をお得感があると考えて購入する人が多いそうです。そこでさらに1円下げて、500円のものが99円、100円のものが無料になると、逆に100円のものを無料として選ぶ人が増えたそうです。両者の価格差は変わっていないので、無料というキーワードが需要を喚起したことになります。プレミアムの価値を越える魅力があるということです。もちろん無料になって嬉しいと思えるサービスであることが重要ですが、逆にタダなら使ってみてもいいかと思うサービスに、10円であっても課金を行うのは全くの無意味ということになります。
まとめ
フリーについてはまだこれは序盤で、もっと面白い内容が書かれています。今後の新しいモデルを考える上で重要なポイントになってきますので今後も取り上げてみたいと思っています。フリーミアムの考えは今後のビジネスモデルとしては重要な概念ですが、その線引きが非常に難しいのが実情です。一部の会員に有料を適用する場合、どの機能は無料で、どの機能が有料であるかを見極める必要があります。例えばAppleのQuickTimeの場合、プロ版を購入すると動画の字幕を変更できるようになります。この機能が無料で提供されるべきものなのか、それとも有料にすべきかといった議論を個々の機能に対して考えていくのが重要です。
フリーはWebサービスを多用される方であれば既に当たり前の感覚になっているかも知れません。ただし逆の立場になって提供側になった時にはそこからどう経済圏を作り出しているか注意深く考える必要があります。Twitterがビジネスモデルの構築に対して苦労しているのと同様(恐らくGoogleやBingへのコンテンツ提供は彼らの最終目標ではないはずです)、新しい価値観の創出こそが問われていると考えられます。
続きます。
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